国の多様性

現在の世界には、日本が過去に経験してきた種々の状態や政治体制をとっている多くの国が現存しています

例えば、ミャンマーの軍事政権は、幕府に見られる武家政権、アラブ首長国連邦の首長達の連邦最高評議会は、平安時代の貴族政治、シリア、アフガニスタン等の内戦は戊辰戦争、南スーダン等での貧困は天保の飢饉、アフガニスタンやパキスタン等での女性の権利制限は、江戸時代の男尊女卑、インドのカースト制は、江戸時代の身分制度、イラン、パレスチナ等の国教であるイスラム教は、明治時代の国家神道、中国での共産党は、戦前の大政翼賛会、サウジアラビア王国は、明治天皇統治下の大日本帝国などです。

日本では、過去の体制より、それに続いた体制の方がよいと判断して現代の民主制に変化してきたのだと思います。

今回、アメリカはアフガニスタンからの米軍撤退で、必然性が弱い中で他国の体制を移行させることは不可能に近いことを20年かけて証明しました。

日本においても、旧体制から新体制に移行するときに、国民は多大なエネルギーと犠牲を払わなければなりませんでした。しかし、体制移行は、社会状態の変化の中で民衆も望んでいたと想像します。

一つの国において、体制移行が成立するのは、その国の国民に影響をあたえる経済、文化、環境、国外情勢などの様々な状況変化が体制移行に必然性を与え、国民が体制移行を自ら望み、勝ち取ろうと立ち上がるときに限られると思います。

現在の中国、シリア、アフガニスタン、イラン等においても、自分の個性を活かした目標達成に生きる喜びを感じている多くの国民が存在するでしょう。

このようなことを勘案すると、世界は地域によって変化の時間軸が異なり、異なる時間軸の現在の状態が同時に存在することは、地球上に多様性をもたらしていると考えられないこともありません。

各国において、時の流れの中で体制移行の条件が整っていくでしょう。

独裁制国家は、権力者が陥ってしまう傲慢さから利己的になり、国内外において国際ルールを無視します。民主制国家は協力して断固反対の意思表明を繰り返すことによって、独裁制国家内に体制移行の必然性を醸成するでしょう。

再生可能エネルギーによって石油の需要が減少すると、アラブの首長の収入も減少し、何らかの変化が生じるでしょう。

人間は本質的に権力に拘束されない自由を求めるものであり、自由を前提とする民主制が国民にとって好ましい制度であることを高い代償を払って知ることができた日本人が、遅れた時間軸の国の人々に対してできることはないのでしょうか。

18世紀末のフランス革命なども17~18世紀にヨーロッパで広まった啓蒙主義の延長線上にあると言われています。民主主義は、誰もが権力から開放され、機会を平等に受けることができ、ジェンダー平等を目指しているなどを弛まずSNSなどで世界に発信することが求められていると思います。

貧困国に食物を提供するだけでなく、経済的自立を支援する援助が大切でしょう。

自国に自由と平等を奪われて避難せざるを得なくなった難民を広く受入れることは当然のことと思います。

日本の民主制を、相互尊重精神の徹底、所得格差の適正化、個性を伸ばすチャレンジ精神の尊重など自由と平等をより具現化可能なものに改革し、生き生きした日本の経済、文化活動を世界に発信したいものです。