私は前に、自分で定めた目的に向かって生き、その各過程で感じる喜びを、神的存在と共感し、共有することが、生きる意義だと述べました。
神的存在は、自然法則のもとで変化する宇宙を内包し、「無」に対峙して「存在」を持続しています。
人間は、その宇宙に存在し、能力や価値観に応じて多様性に富んだ目的を設定し、自然法則および理不尽を招く虞もある超自然的法則のもとで現実世界を生きています。
目的は、現実世界に少なくとも損害を与えないものであればその時点で「やってみたい」と思ったことを設定してよいと思います。
あるいは、「生きること」そのものを目的にしてもよいでしょう。
自分にもっと合うものが後で見つかれば、そのときに変更すればよいのです。
目的を達成するためには、各ステップでその目的を達成するための目標を立て、先ず、その目標を達成した状態にあることが必要です。
各ステップは、意識の深さや時間軸の違いによって、いくつかの層を成しています。
1.即時的な行動の層
その場で取る言動や態度。怒りを抑える、立ち止まる、言葉を選ぶなど。
2.習慣・技能の層
繰り返しによって身につく行動様式。傾聴の習慣、健康管理、学び続ける姿勢など。
3.価値観・判断基準の層
何を優先するか、何を大切にするかという内面的な基準。
4.生き方・目的意識の層
人生全体をどう生きたいかという根本的な方向性。
これらの層は上下関係ではなく、互いに影響し合いながら目的達成を支えています。
大きい目的を達成すれば、たゆまない努力に対する達成感や多くの人々からの称賛など生きる喜びも大きくなります。
しかし、成長段階や老化、病、不運、挫折などしたときは、大きい目的にとっては目標であること、たとえば「言葉を選ぶ」を目的に設定するマイペースが望まれます。
この目的「言葉を選ぶ」を達成するためには、例えば、1.では、「行動する前に一呼吸おく」、2.では、「学び続ける」、3.では、「人間関係を大切にする」、4.では、「他人を大切にする」という目標を達成した状態にあることが必要です。
このような小さい目的でも、人は自分の目的に向かう各過程で生きる喜びを神的存在と分かち合い、同時に神的存在の「存在」の持続に役に立てたという喜びも感じることができます。
