1.はじめに
先月号で、「自分が決めた価値観に従って真摯に生きていけば創造主と喜びを共感できると思うと、命ある時間を大切にし、多くの人と喜びや苦しみを共有し、日々充足感をもって人生を楽しめるような気がします。」と述べました。言うは易く行うは難しといいますが、自分の価値観に従って生きるという実行の難しい生き方を見事に実践されたのが、樹木希林さんのように思えたので、彼女の語録をたよりに、この生き方の実行方法を考えてみました。
2.自分の価値観に従って生きるの実践
(1)理性で興味のあることを追い求める価値観は、自信を持って何年も実践できると考えます。
「女優、俳優っていうのをこーんなにやっているとは思わなかった。・・・」、「セリフがあまりない役をずーっとやってきたから、自分で存在感を示していくしかなかった。・・・自分で作っていかないとなりたたない人生をおくってきたから。」
芝居に興味があって好きだったのでしょう。しかし、感情的、肉体的に好きなことは、日常生活での一時の味付け、憩いの場にはなるでしょうが、価値を置きすぎると人生を危うくしそうな気がします。
(2)自分の能力で達成できることを追い求める価値観は、達成感と自信という喜びを期待できると考えます。人には生まれながら得意とする能力に違いがあることは周知のことです。
運動が苦手な樹木さんは、小学6年生の水泳大会で、“歩き競争”を選んで、1,2年生を相手に1等賞になって周囲の同級生から軽蔑されながらも賞品をもらったことを回想して、「これで私はきっと味をしめたんだね。いいんだ、これでって。そのまま来ちゃったわね。私の人生。」
(3)自分の置かれた立場で追い求めることができる価値観は、誰を恨むでもなく人生を楽しくしてくれると思います。
「あのね、・・・年をとるっていうのは絶対におもしろい現象がいっぱいあるのよ。だから若い時には当たり前にできていたものが、できなくなること、ひとつずつをおもしろがってほしいのよ。」
(4)自分の決めた価値観を一番尊重し、長い期間、自分を信じて追い続けるこが、新しい発見、苦労の克服、自信、充実感につながるのではないでしょうか。
「他人と比較しない。世間と比較しないこと。比較すると這い上がれないので。挫折するので。」
(5)他人の目、評価を気にすることは、自分ではなく、他人の価値観に従って行動することになると考えます。他人の評価は、自分が己の価値観に従って行動した結果に対し、他人が表す賛同の意ではないでしょうか。自分の志は大切ですが、人生を楽しむことに軸足を少し移すことも必要かもしれません。
「やったことがほんのわずかだもの。やり残したことばっかりでしょう、きっと。一人の人間が生まれてから死ぬまでの間、本当にたわいない人生だから、大仰には考えない。」
(6)共通の価値観を仲間と追いかけることは、楽しさを倍増するかもしれません。
原田映画監督が樹木さんの追悼記で、―樹木さんは「わが母の記」の撮影最終日、棺に横たわる母を撮る段になり「しめっぽいのは嫌ね。」と言いました。私も同感でした。「だったらこういうの、どう?」と樹木さんが話してくれたアイデアを映画ではそのまま使っています。次女が「入れ歯見つかった?」と姉に尋ね、妹は「どこ探しても見つからないのよ」と答えて映画は終わるのです。―と書いています。
価値観を仲間と追いかける目的は、互いの技量を勉強することであり、相手に勝つことではありません。その辺を間違うと、特に、勝負事の場合、勝負にこだわり過ぎて仲間との関係がぎくしゃくするかもしれません。
(7)命ある時間を大切にし、自分の価値観を求め続けることは、白秋、玄冬の理想の生き方のように思います。
「人間も、十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということだと思う。自分の最後だけは、きちんとシンプルに始末することが最終目標。」
(8)創造主と喜びを共感できる価値観は幸せをもたらすでしょう。
「今日、用事があること(きょうよう)を『今日用』と言っているんですけど、神さまがお与えくださった『今日用』に向き合うことが毎日の幸せなのよね。・・・」
3.おわりに
樹木希林さんは、「薬剤師になるつもりが挫折し、スネかじりで居られたので、ある日、戦後初めて研究生を文学座が募集という新聞記事を見てふっと応募したんですよ。新劇は合わなかったですよ。・・・大した役はつかなかったんですけど。」と回想しています。その後、離婚拒否、女優として活躍、左目の失明、癌、老いと色々な各ステージで独自の価値観を築いて実践するなかで成長を続け、目標もだんだん大きくなって魅力的に成熟されたように思います。
自らの興味、能力、立場は自分を形作る主要なものであり、それらに基づく価値観を実行することは、自己実現であり、命のある限り追い求めるのが望ましい姿であります。ところが、昨今、若者の自殺や引きこもりが多いのは、自分の価値観の形成と実行に不自然な力が掛かっているのではないでしょうか。
小さく産んで大きく育てると言います。自分の価値観も自分の成長につれて自然に大きく崇高にしていくものであり、自分の価値観実現の努力と結果に充足感、他人の評価がついてくるものと考えます。自分の価値観を大切にし、仲間と関わりながら命ある限り追い求めれば、創造主の共感を得ることができると思います。