没頭できる対象を大切に

NHK朝ドラの植物学者・槙野万太郎は、心底植物を愛し、NBLの大谷翔平選手は、大好きな野球に没頭し、藤井聡太棋士は、迷い無く将棋に集中しているのでしょう。

これらの人は、幸運にも幼少の頃に我を忘れて没頭できる対象とめぐり合うことができ、才能を伸ばして没頭する対象を生業にして成功しています。

我を忘れて没頭するので、我欲やへつらいなどの邪念がなく、迷いや恐れなく対象に集中できるのではないでしょうか。

谷川浩司十七世名人は、藤井聡太七冠の強さについて次のように述べています。藤井さんの指し手を観ていると、負けることへの恐怖、自玉が危険にさらされることへの恐れ、あるいは自分の読みが正しいのかという恐れといった躊躇や葛藤がないのではと思えるくらい大胆な一手を指す。勝負への執念という意味では、それほど強いとは感じませんね。彼は棋士になったときから一貫して勝つことよりも強くなること、“将棋の真理”を追求することを言っています。

勝負の世界は厳しく、加齢やAIの出現で勝つのが難しくなっても将棋に没頭できる先輩天才棋士だから観える後輩天才棋士感でしょうか。

しかし、大多数の人は、時間を忘れてハマり込む対象で生計をたてることができないのでしょうか。

サッカーに夢中になっている子供に、プロプレイヤーになれるわけがないから苦手な算数でも勉強しなさいと叱ったとすると、子供は自分の感情、才能を否定され自己肯定感を傷つけられるだけでなく、算数には能力がなく、好きなサッカーを禁じられた憎き対象として算数に拒否感を抱くでしょう。

これに対し、サッカーが好きならいろいろ考えて工夫し、本気で練習して上手になりなさい。算数もサッカーと同じようにコツさえ掴めば上手になるから本気で練習しなさいね。分からないところはお父さんがコーチになって教えるよ。と親子で会話するのも楽しそうです。

生計を立てることは大仕事です。

没頭できる生業に簡単に就けるチャンスは稀です。

自分に与えられた仕事に没頭できるようになるヒントは、谷川十七世名人が抱いた対局中の藤井七冠についての心証 「藤井さんは対局中もネガティブな感情を持たずに、純粋に最善手を探すことだけに集中している。これが強さの秘密の一つだと思います。」や、永世七冠の資格を持つ羽生善治九段の世代の棋士についての印象、「羽生さんの世代が今でもトップクラスで戦っているのは、20代頃の蓄積、今の藤井さんと同じですけど、序盤から1時間、2時間と考えてきた財産が大きいと思います。」 あたりにあるような気がします。

幼少の頃に我を忘れて没頭した対象でなくとも、20代頃に毎日何時間も必死に考えて工夫し少しずつコツを掴んで上達してきた対象に対しても愛着が湧いて没頭できる気がします。

没頭できる対象めぐり合うものでなく、覚悟を決めて自らが育てるもののようです。

対象物についてあれこれ必死に考えることの原動力は、自己肯定感の強さにあると思います。

多少生意気な子になりますが、自己肯定感は子供の頃から育てる周りの環境が必要でしょう。

また、没頭できる対象を育てられなかったのではなく、育てなかったのではないでしょうか。

住めば都と言うように、毎日無心に工夫して取り組んで自分なりの進歩を楽しむことが没頭できる対象を育てる気がします。

情と愛

先日、少し合理的過ぎる娘に対して妻が、「私は情の人ですからね。」と反論していました。しばらくして、西洋では、この場合の情は愛なのだろうかと話が進みました。

言い得て妙のようですが、情と愛には根本的な違いがあるような気がします。

情は、創造主から身体、知能、心を授けられた生身の人間の心の発露そのものであります。

従って、情は生来の才能や育った環境で形成される個人の性状が色濃く反映するものであり、時に利己的で身勝手なものになってしまいます。

心が個性と社会との間で利害バランスの取れた情を発露して、人が生きる喜びを謳歌するためには、心を身体や知性でバックアップして強靱に鍛えなければならないでしょう。

愛は、人が他を思う心の発露を知能が定義した色合いが強く、知的な傾向があるものです。

極端な例ですが、博愛主義者に愛すべきとの思いで愛された者が、儀礼的に感謝しても、生きる喜びを創造主と共感することはできないと思います。

名古屋城天守閣の木造復元におけるバリアフリー用昇降設備のあり方ついて、小型昇降設備を途中まで設置する大型昇降設備を最上階まで設置する案を中心に議論されています。

小型昇降設備設置案の主要根拠は、史実に忠実に木造城郭建築を再現し入場者に感銘を与えるとともに後世に残すことです。

大型昇降設備設置案の主要根拠は、車椅子利用者が差別なく安全に最上階まで上れるようにすることです。

歩行可能者は、階段をのぼることに支障がないので、歴史的な木造城郭建築に心を惹かれ、小型昇降設備設置案を心情的に支持します。

車椅子利用者の最上階まで階段をのぼることの不安を知的に、体感的に捉えることなく、史実に忠実な木造城郭建築に意味があるとの知的な見解のみから小型昇降設備の途中までの設置を主張してはいないでしょうか。

車椅子利用者は、階段をのぼることに困難が伴うので、最上階まで安全に上ることに心を惹かれ、大型昇降設備設置案を心情的に支持します。

大型昇降設備を最上階まで設置したことによる木造復元名古屋城天守閣の価値毀損の大きさを知的に捉えることなく、車椅子利用者が最上階まで差別無く安全にのぼるという知的な見解のみから大型昇降設備の最上階までの設置を主張してはいないでしょうか。

名古屋城天守閣の木造復元の趣旨は、先ず、木造建築で復元した名古屋城天守閣を多くの生ける人々が訪れ、木造建築の美しさ、感触、香り、音などを体感することでしょう。

そして、史実に忠実な木造城郭建築の名古屋城を名古屋のシンボルとして後世に残すことにも大きな意義があるでしょう。

木造復元された名古屋城天守閣を訪れる目的は、天守閣の最上階に上ることではなく、各階を木造の階段でのぼりながら木造城郭の豪奢なすばらしさを肌で感じることではないでしょうか。

小型昇降設備設置案の支持者は、史実に忠実であることに拘泥することなく、車椅子利用者が木造の階段を安心してのぼりながら木造城郭のすばらしさを肌で感じることができる具体策を示すことが、個性と社会との間で利害バランスの取れた情を発露することだと思います。

大型昇降設備設置案の支持者は、車椅子利用者が最上階に安全に上ることに拘泥することなく、木造の階段を気持ちよくのぼりながら木造建築の豪奢を体感できる具体策を小型昇降設備設置案の支持者とともに考え出すことが、身体や知性で鍛えられた心の発露のように思います。

人間生存の意図

本来生物は、生きるために生きており、存続する以上の目的はないのでしょうか。

生物の一種である人類も、ダーウィンの進化論の自然選択によって進化し、環境に適応するために知能を発達させ過ぎて、自分達の棲家である地球、延いては人類自体をも存続の危機に立たせているのでしょうか。

人間の生存に何ら意図がなく、自然選択によって存続しているだけだとすると、温暖化あるいは放射能に耐性のある子孫の出現を期待するしかないでしょう。

しかし、人間は何らかの意図によって生存しているので、環境問題や国際紛争などを進歩させた感性や知能で克服することを可能にすると思います。

何らかの意図は、創造主の人間を生存させる意思、あるいは人の生きる喜びを感じる心であり、信仰の世界では神や仏の御心と言われるものです。

現在、世界を二分する民主主義と独裁体制の何れにおいても、物質文化やAIなどの科学技術の発達によって人間生存の意図が不明瞭になってきており、人々の生活にうるおい感がなく、生きているだけ感が増えている気がします。

民主主義国家においても個人主義を履き違え、己の権利を主張し物欲や権力欲などを満たすことが人生の意義であると考える人が多くなっているのではないでしょうか。

このように人々が己の権利を主張し、人間生存の意図が希薄になった社会では、さまざまな価値観が乱立し善悪の区分すら曖昧になってしまいます。

人間が生存し続けるためには、人間の生存を賛美する価値観が人類で共有されることが必要です。

創造主の人間を生存させる意思は、生存に有効な身体と知能と心を人に授けられたことが示しています。

人の心は、目標を達成し社会や人の役に立てたとき、生きる喜びを感じるでしょう。

御心は汝殺すなかれと教えます。

民主主義といえども、人間生存の意図は個人の権利より尊重されるべきものであることを前提にして個人主義や自由、平等が主張されるべきだと考えます。

独裁体制国家でも、一部の独裁支配者層が人間生存の意図を理解し、被支配者層の生きる喜びを侵害しない限り問題はないと思います。

しかし、独裁体制は歴史が示すように時の経過につれて腐敗が進み独裁者層存続の意図に支配されてしまいます。

各独裁体制国家の独裁体制が人間生存の意図より独裁者層存続の意図を重視する警戒度合い、独裁的なリーダーの独裁指向度合いなどを、人間の知能の産物でありながら人間生存の意図を不明瞭にしているAIを使って顕出し、独裁体制が人間生存の意図を侵害することを防止したいものです。

21世紀に独裁体制が現存する不思議

国民の大部分を占める庶民の意に反して極めて独善的な独裁体制が21世紀においても出現する不思議を考えてみました。

人間の営みは、寝て起きて食べるために働き、欲することをする中に喜怒哀楽を感じて日常生活を送ることではないでしょうか。

欲することは人によって千差万別ですが、次の5つの欲に大別できると思います。

・他人や社会に貢献すること(貢献欲)

・学芸・スポーツで個人的な能力・成果を高めること(文化欲)

・他人を支配すること(支配欲)

・他人の指示・欲求に従うこと(忠誠欲)

・肉体的・物質的欲求に従うこと(物欲)

各人の5つの欲の強さ割合は、遺伝子、生い立ち、教育、経験等によって決まり、個人の個性を形作るのでしょう。

類は友を呼ぶと言いますが、同じ欲の強い人達が結集し易い傾向にあり、国は、同じ欲の強い人達で緩く形成された5つの集団で成り立っていると思います。

このような状況で、国が存続の危機に面したとき、支配欲の強い集団は、他国に支配されることを強く嫌い、他の集団をリードして戦争に勝利します。

成功体験を味わった集団は支配欲を一層強め、忠誠欲や物欲の強い集団を巻き込んで自国民をも独善的に支配し独裁体制を完成するのではないでしょうか。

独裁体制が内在する腐敗体質によって滅んだ後に樹立された民主的な政治体制において、独裁体制での非人道で独善的、不平等で不自由な政治に対する憤りや恐怖を実感した人の数は時がたつにつれて減少していきます。

このような状況下で国が存亡の機に立たされると、支配欲の強い人達がまたぞろ行動を開始します。

人は感情を伴わないと行動しないので、独裁体制に対する怒りや恐怖を実感していない世代は目前の危機回避に目を奪われ、独裁体制の再現を許してしまうのではないでしょうか。

民主体制を増やし、独裁体制の増殖を抑える方策を文化欲や貢献欲の強い人達が中心になって創出し、社会に仕組むことが必要だと思います。

5つの欲は、人類が自然の脅威や敵を克服して生き続けるための天性であり、個人から無くしてしまうことはできません。

人は誰しも、貢献欲、文化欲、支配欲、忠誠欲、物欲の全てを持っており、その強さ割合によって、貧困や病に苦しむ人々の救済に生涯をささげたマザーテレサのようにも、殺人鬼と呼ばれるプーチンのような独裁者にもなるという現実を全ての人が認識することから始まるでしょう。

5つの欲の強さ割合が極端に偏らないように、貢献欲の強い人は、特に支配欲、文化欲の強い人は忠誠欲、支配欲の強い人は貢献欲、忠誠欲の強い人は支配欲、物欲の強い人は文化欲を増やすような個性にあった子供教育も必要ではないでしょうか。

貧困は国民の不満を煽り、国を窮地に追いやり、支配欲の強い人達が活躍する格好の場を提供します。

民主国家は、貧困国の自立のための経済援助を、独裁国家の貧困国の支配のための経済援助と明確に異なることが分かる形で推進する必要があると思います。

そして、日本だけでなく世界各国において支配欲の強い人達の政治活動には常日頃から警戒し、特に国が窮地に立たされているときは独裁体制に移行する企てを早期に摘まなければなりません。

民主制は国民ひとり一人が保持・育成するものであり、特に、貢献欲、文化欲の強い人達がもっと政治に関心を持ち、自分たちが活躍する場の民主体制を広げていくという覚悟を持つときだと思います。

達成の喜びを想像しうる目標

日常生活を保ちつつ、我が才能と相談して設定した目標を達成して創造主と喜びを共感する人々が、創造主の意図した苦闘する人類だと思います。

自分の成したいことのみを追い求めて日々生活できる人は、科学、芸術、スポーツなどの各分野において天賦の才能に恵まれた数少ないギフテッドで、創造主が人類に示した道標ではないでしょうか。

無分別な若者が特殊詐欺や闇バイト強盗に加担させらされ、人生を台無しにしています。

文部科学省の昨年10月の発表によると、小・中・高等学校及び特別支援学校における「いじめ」の認知件数は61万5千件強で、前年度に比べ19%増加しています。

不登校児童生徒数は24万5千人弱で、9年連続で増加し、過去最多となりました。

国連のSDSNが各国民へのアンケート等に基づいて国民が感じている幸福度を総合的に測り、幸福度の高い国別ランキングを発表しています。

最近公表された世界幸福度報告書2023年版によると、北欧諸国が上位を占め、日本はG7でイタリア33位についで最も低い47位でした。韓国、中国、ロシアは、57位、64位、70位で、最下位はアフガニスタンの137位です。

報告書は、日本と上位の国々を比べると、健康寿命では日本が上回り、1人あたりGDPでも上位と大きな差がないものの、人生の選択の自由度や寛容さに課題があるとしています。

若い人達が子供をつくりたがらず、2022年に生まれた赤ちゃんは80万人を割り込んで少子化が進んでいます。

このような好ましくない社会状況は、日本社会における価値観の均質性とその押しつけに起因しているのではないでしょうか。

ほぼ全員が苦闘する人類である日本国民が、ギフテッドのようになること或いは良い学校、会社、地位等につくという表面的な目標を自分、他人、子供に無知の善意で押しつけている風土があるような気がします。

達成不可能な目標を押しつけられると、苦闘する人類は喜ぶ機会を失い自己否定に陥り、苦闘して生きる意欲を失うのではないでしょうか。

苦闘する人類の能力の種類は、各分野において更に微細化され、高さにおいてもギフテッドに向かって際限なく多層化されているでしょう。

目標は、努力次第で達成することができ、果たしたときの自分の進歩した能力、姿を具体的にイメージできる、達成の喜びを想像しうるものでなければならないと思います。

若い人は各分野でこのような目標達成を繰り返して能力を向上し、人々の生活を豊かにする成果を実現して欲しいものです。

私は高齢者にふさわしい新しい目標を設定し、今まで気づかったことを発見しつつ、ささやかな目標を頑張って達成し生きる喜びを感じています。

自分の個性や才能に応じて設定した目標を苦闘しながら達成することに喜びを感じることが人生の意義であるとして尊重する社会風土を日本国民が醸成し、人生の選択の自由度や寛容さを高めることが日本の社会状況の改善に役立つように思います。

国民のための国家でなければならない

文明が高度に発達した現代社会において、プーチンが大義なきウクライナ侵攻を続行し、虚偽の自己弁明を厚顔無恥に繰り返していることに憤懣やるかたなく、ロシアに絶対勝たせてはいけないと思います。

人々が小集団のムラを結成した一次的な理由は、互いに協力してより豊かな生活を得るためでした。

克服目標が自然災害である場合、ムラの住民は全く協力して目標達成に協力することができます。

多くのムラが紛争を経て統合された国がさらに統合され、国民の役割が細分化された国家では,様々な価値観を有する集団が多数存在し利害が交錯する状態になります。

克服目標が政権の大義なき侵略であっても、政権打倒行動は不成功のときは国家への反逆となり、利害が交錯する多数の集団が存在するなかで、多くの集団が政権打倒に躊躇無く協力できるとは思いません。

長い年月を掛けてプーチン支持者で固められた現政権下において、プーチンの狂行を自分や家族の危険を顧みずにロシア国内で公然と批判できるロシア人がほとんどいないことを強く非難できない気もします。

克服目標が個人、集団、国家間の紛争である場合は、生活の場の確保、アイデンティティー、誇りや恐怖など様々な利害や感情が錯綜するので、小さな理不尽は当初は見逃されがちであり、それが時間の経過とともに成長し、気がついたときには独裁者プーチンのような大きい理不尽に成長し、対策が困難な状態になってしまうのでしょう。

人間は己の力で様々な目標を達成して多様な喜び感創造主と共感することが存在意義であると思います。

そのために、人はそれぞれの存在意義を尊重しながら他人と協力して各自の目標を達成するために集団ひいては国家を形成したのでしょう。

人は国家のために存在するものではなく、国家によって生存させてもらっているものでもありません。

国民が国のために働きたいと思うのは、人の欲や愛が化体した目標を達成するためでしょう。

ウクライナをロシアの一部と主張するプーチンがウクライナ市民の生命や日常を奪うことは国民より国家に重きを置く国家主義の発露であり、断じて許される行為ではありません。

プーチンのウクライナ侵攻を成功させて国家主義に弾みをつけさせることは、日本の子孫の生きる喜びにとっても大きな禍根を残すことになると思います。

必死で戦うウクライナの人々を他人事ではないとの思いも込めて何らかの形で激励し続けたいと思います。

自分の特性を活かす

ゴルフの基本というウエブサイトに人の身体の動作の特性は、4つのタイプに分類でき、それぞれのタイプの特性を活かせば、スポーツで最大限の能力を発揮することができ、怪我の防止にも繋がるという4スタンス理論が紹介されていました。

カバンを指先で持つ人はタイプA、掌で包むように持つ人はタイプB、マイクを人差指と中指を添えて持つ人はタイプ1、薬指と中指を添えて持つ人はタイプ2です。

すべての人は、タイプA,Bとタイプ1,2の組み合わせで4つのタイプA1、A2、B1、B2のいずれかに属します。

ゴルフの場合、タイプAはボールを打出す方の前足を軸にし、タイプBは後ろ足を軸にして打ち、タイプ1は足の太ももを内側に回し、タイプ2は外側に回して打つと動作がスムーズになりボールが遠くに飛ぶとのことです。

ゴルフに理想のスウィングは一つしかなく、それを実現するためのコツを見つければ良いと考え、フォームが美しくて優勝回数の多いプロゴルファーのビデオを見て真似ていましたが、根本的に間違っていたことを知らされました。

因みにそのプロゴルファーはタイプA1ですが私はタイプB1でした。

早速試してみたところスウィングが安定し飛距離が若干アップしました。

ゴルフの目標であるスコアアップのために、見た目には最も野暮なフォームのタイプB1を受け入れたいと思います。

多様性を尊重することの大切さは認識しているつもりでしたが、ゴルフのスウィングに一つの道しかないと決めつけていた理由は、勉強不足はたまた「良いものは美しい」の格言に捕らわれていたのでしょうか。

タイプA1でないことを少し残念に思いましたが、タイプB1であることを自己肯定し、その特性を活かしてゴルフの技を習得しスコアアップを楽しみたいと思っています。

各人は得意とする能力が様々であり、記憶力、思考力、感性、運動能力の高いタイプA,B,C,Dと、科学、一次、二次、三次産業、音楽、文芸、美術、スポーツを得意とするタイプ1,2,3,4,5,6,7,8に大別でき、大きく32のタイプに別れそうです。

社会や他人の価値観に捕らわれることなく、自分の能力に適合したタイプをメインに選んで自分の特性を活かすことが、人生において自分の能力を発揮し楽しく充実した生活をおくるコツのように思います。

80にして平和を祈る

今年は80にして平和を祈るになりそうです。

個人は心を他に支配された状態、国は他国に支配された状態は平和と言えません。

心を他に支配されない方法が心理学で色々研究されています。

最近、星 友啓著 「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」に書かれていた心理メソッド「ディスタンシング」の一つを行ってみました。

私と同じ悩みを持っている仮想A君を心に描いて声を掛けるのです。

「A君、お前のあの時の努力と準備不足では当然失敗するよ。事実は変わらないが、これから頑張れよ!」でした。

このようにA君を励ますと、私の悩みも霧散し心が軽くなりました。

心が社会や他人の価値観に呪縛され自己肯定感を蝕んでいたのでしょうか。

A君に掛けた言葉が現在の自分の真の価値観であるので、ストンと腑に落ちたのでしょう。

腑に落ちない場合は、自分が尊敬する歴史上の人物Bに悩みを話して励ましてもらうのはいかがでしょうか。

自分が尊敬する人物Bは自分の価値観に近い言葉で励ましてくれそうな気がします。

日本では、心理学や心理メソッドは、心の弱い人のためのもの、あるいは洗脳の道具に近いと考えている人が多い気がします。

そんなものではなく、人々の心を自由に、柔軟に、より強くするものであり、子供たちに早くから教えることにより、不登校、いじめ、自殺などの負の面を改善するだけでなく、自己肯定感が強く、自分の価値観を実現していける強い心の人に育つと思います。

国が他国を支配しようとするのは、支配者が貪欲や妄想に捉えられ、自国民、他国民の自分らしい生き方をサポートするという初志を見失い、国民も支配者の妄想に呪縛され自分の誇りを捨ててしまった成り行きでしょう。

心理メソッドを学んで実践し、自らの心理状態を常に健康に維持する謙虚さを備えた人を為政者に選出することも国民の大きな責務だと思います。

独裁者をなじるだけで平和に役立つ行動ができずに祈るしかないことを悔やみ、学校教育で心理学や心理メソッドを学んだ若者達が強い意志で平和に満ちた社会を築いてくれることを願っています。

人類の存在意義

人類の存在意義は何なのでしょうか。

「最先端の生命化学を私たちは何も知らない」吉村 保著を読んで、オールマイティの創造主の存在と人類の存在意義を再考させられました。

同著によれば、細胞は、各種タンパク質や各種機能をもった細胞小器官等を内蔵した階層構造の生命の基本単位です。人間は、種々な働きを行う多種類の約37兆個の細胞で構成されています。

各細胞の細胞小器官の一つである核には、人ひとりつくるのに必要な情報であるゲノムを示すDNA鎖が内蔵されています。

各細胞は、人体の臓器や組織に必要な機能や形状を持つように生成され、必要な場所に配置されるようにゲノムに基づいて一つの受精卵から分裂して生成されます。

このような緻密で雄大な生命の仕組み、これを解明していく人類の英知をみるとき、創造主の存在を確信するとともに、人類は突然変異によってではなく、創造主の一部機関として誕生したものであるとの推論に達しました。

「無」と対峙するオールマイティの創造主は、ひとり一人が自らの意思で自由に行動する人類を必要最低限の仕掛けを組み込んで誕生させたと想像します。

そして、創造主は、このような人類のひとり一人が感じる存在観に共感することによって自分の存在を客観的に確認されているのではないでしょうか。

最低限の仕掛けとして、自ら生きる」、「生存を喜ぶ」、「変化する」の能力を人類のDNA鎖に書き込まれたと想像します。

「生きる」は生命欲であり、心身に備わっています。

人は、自分の立てた目標を達成したことに「生存の喜び」を感じます。

全く変化しないことは「無」と同じです。

人類は、DNA鎖に書かれた三つの仕掛けに従いながら環境の転変に対応して変化あるいは進化してきたのではないでしょうか。。

人々の能力、性格、身体、欲望の多様性、および個の生老病死も「変化する」の発露だと思います。

1匹の蜜蜂が生涯で集める蜜の量はティースプーン1杯ですが、世界の年間生産量は200リットル入りドラム缶約600万個にもなるそうです。

人類もひとり一人が個性に応じて活動し、生きる喜びを感じながら変化し、創造主と存在観を共有することに存在意義であると思います。

少人数の人々の存在観では不十分であっても、膨大な数の人々の存在観によれば創造主も自分の存在観を実感できるのではないでしょうか。

戦争は、「生きる」、「生存を喜ぶ」に反して多くの死、悲しみをもたらし、人類をご自身の一部機関として創造された創造主の意思あるいは人類を冒涜するものであります。

絶対主義国家は、一国家の存続、強い国家、独占体制の維持を求めるものであり、国民ひとり一人が生きる喜びを感じつつ変化し生きることによって創造主と存在観を共有するという人類の存在意義に悖るものであります。

各国の為政者は、人類の存在意義を熟考し、我欲追求に汲々とするのではなく、国民ひとり一人が個性を活かし生きる喜びを感じて生活できる場を提供することを政治目標に設定し、高い理想と誇りをもって政治活動に精励して欲しいものです。

余談ですが、例えば、舌の味細胞を一つの受精卵から分裂して舌の特定位置にどのようにして配置するのか不思議に思い、解明済みかもしれませんが、同著の一節「仮説と検証が化学の基本」に従って仮説を立ててみました。

癌細胞は無限に増殖するが、正常な細胞は約37兆個になると増殖が止まると記載されているので、各細胞は何回目の分裂によってできた細胞か認識し記憶していると推測します。

受精卵の背番号を1とすると、1回目の分裂後の2個の細胞は、自分の背番号を1,1+2=2と認識し記憶します。2回目の分裂後の4個の各細胞は、分裂前の2個の細胞の背番号1,2を受け継いだ細胞と、分裂前の細胞の背番号1,2に、分裂回数2から1を引いた回数だけ2を乗算した数(22-1=2)を加えた1+2,2+2の背番号の細胞となります。

同様に、n回目の分裂後の2個の細胞は、分裂前の2n-1個の細胞の背番号を受け継いだ細胞と分裂前の細胞の背番号にn-1を加算した背番号の細胞になり、各細胞は自分の背番号を認識し記憶します。なお、一つの細胞が分裂できなかった場合、隣の細胞が2回分裂するなどの校正情報もDNA鎖に記載されていそうです。

分裂した背番号Aの細胞は、内蔵したDNA鎖に記載された背番号Aの細胞に必要なタンパク質や細胞小器官等を受精卵から備わっているタンパク質や細胞小器官で作成し、その位置に必要な種類の細胞になります。

例えば、舌の味細胞でない背番号Aの細胞から分裂した味細胞になるべき細胞は、ゲノムに基づいてその背番号の味細胞に必要なタンパク質、細胞小器官や形状等を自ら生成し所定位置、所定形状の味細胞になるのではないでしょうか。

このようにして人体を臓器、組織を含めて約37兆個の背番号の付いた細胞で構成することができます。

人は感情が伴わないと動かない

文化、文明が高度に進化した現代社会において、国民を犠牲にする独裁者が多くの国で出現する不可解や、日本の政権与党の政治家が邪教の食い物にされる不思議が起こるのは何故でしょうか。

これらは人間の性質がもたらすものでしょうが、どのような性質が要因になるのか考え、不可思議なことが起こらないようにする手立てを探ってみました。

要因になりそうな特質として、まず、人間は、喜怒哀楽、欲望、恐怖などの感情が伴わないと行動しません。

従って、人間の知性に基づく社会学、自然科学などが高度に進歩した現代においても、知性だけで行動を起こすことはありません。

例えば、史実だけでその顛末の面白さをしらないと歴史を学ぼうと思わないでしょう。

人間は、生きていくために自分を守るという自己保存本能を備えています。

これには、存在し続けたい、自分を守るために真実を曲げる、仲間外れになりたくないなど保身的な面があります。

そして、人間は、経験、教示、想像などに基づいて心像空間を各自の脳内に築き、言葉で他人と共有する心像空間共有能力を備えています。

これは高い文化、文明の形成を可能にする人間の素晴らしい能力ですが、反面、似た者同士が集団を作って他者を排斥あるいは集団の思想に感化、洗脳するという負の側面を有します。

現代社会における独裁者の出現と人間の性質との関係を整理すると、先ず、例えば恐慌、侵略等の危機から国を守った英雄が出現します。

人が窮状時に受けた感謝、信頼などの感情に対する執着は強く、英雄に対する敬畏の感情はその国の社会通念になります。

自己保存本能が異常に高く、他人の欲や自己保存本能を操る才能に長けた独裁志向者が英雄または後継団体に出現し権力を手中にすると、国家の統治機構を自分の親派で固めていきます。

国家が困窮状態あるいは権力闘争状態になると、独裁志向者は、英雄または後継団体に対する国民の畏敬、国民や反対勢力の欲や自己保存本能を巧みに利用して権力を強化します。

独裁者がその強い自己保存本能を発揮する怖さを体験したことがない国民は、独裁者の弊害を理性で理解していても、自分の身に降りかかる恐怖という感情で捉えていないので、独裁志向者が権力を強化していく政策に反対する行動を、各自の自己保存本能も働いて国民的な盛り上がりで行なわないうちに独裁者が誕生します。

日本の政治家が邪教の食い物にされたケースでは、先ず、自分の思いを他人に信頼させて他人の心像空間に入り込む能力、および他人の欲や自己保存本能を操る才能に長けた邪教教祖が出現しました。

邪教教祖は、反共産という思いを日本の大物政治家と共有し信頼を獲得し、何らかの利害関係を築いたと言われています。

大物政治家の子孫である某政治家は先祖が信頼して築いた邪教教団との利害関係を多少の疑義に目をつぶって継承したのでしょうか。

某政治家に近い政権与党の政治家は、某政治家が信頼する邪教教団を自己保存本能も働いて利用したつもりで利用されたのでしょう。

独裁志向者の権力強化策や邪教教団の洗脳活動を阻止するために、独裁者や邪教教団は国民や信者を犠牲にして自分の権力、利益などの我欲を追求するという怖さを、知識としてだけでなく感情面でも国民に強く伝達する工夫が必要だと思います。

ロシアのウクライナ侵略でも、市民の死傷、市街の破壊などの報道が視聴者にウクライナ人の憤怒、悲しみの感情を伝達し、ロシアの蛮行に対する怒りの感情を起こさせたことが、巨大な支援活動の原動力になっていると思います。

大多数の国民もマスコミも、心像空間で邪教を信じるように洗脳された信者やその家族の悲惨を感情で把握することができず、某政治家の不幸な死によって感情に訴えられるまで邪教教団の解散を求める行動を起こさなかったと思います。

報道は事実を伝えるものであり、偏った感情を伝えて人々を煽動することがあってはなりません。

しかし、理不尽な出来事については、被害者の感情を想像させる多くの事実を長期間に渡って伝達し、国民に同情や怒りの感情を誘発させて理不尽を解消する行動を起こさせるような報道を期待します。